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東北地方太平洋沖地震に

とある網戸屋の独り言 本音ブログ
網戸屋の日頃をつぶやく独り言。
自然人で自由人で仕事人でweb作成もする。
現場を少しだけご紹介しましょう。

旧サイトから移行しました。
画像や動画掲載をやめた記事もあります。
旧サイト上の写真は低画質の古い画像多数です。

目次

皆様に心よりお見舞い申し上げます

現実を直視するにはあまりにも悲惨な光景。
地震当時私は都内の現場を終え、本来であれば港区に移動予定でした。

帰社を促す連絡が入りそのまま首都高速で帰社しました。
千葉に到着我孫子市の手賀沼で地震に遭遇しました。
地面がまるで海面を見るようにうねり左右に動く様は、我が人生で初めての経験でした。

ゆっくりと大きく左右に揺れる様から遠方での大きな地震であることはすぐに分かりました。
北東方向の空は真っ黒で、天より垂れ下がる雲は今までに見たこともない空の情景。

実は1週間前の3月5日の土曜日に北東方向から伸びる放射状の雲を見ていた私です。風向きの反対に伸びる放射状の雲を見ていた多くの方がいたと思います。投稿サイトにも数多くの投稿がありました。
息子にもあれは地震雲であろうと語っていた数日後の東方沖の地震がありました。

それで済んでよかったと思ってはいたのですが、まさかこれほどまでの未曾有の大惨事がその後に訪れるとは誰が想像できただろうか。あの地震が前地震で今回がその本震になっていたのですね。

過去最大の津波被害もここまでの甚大な被害と犠牲者を出す事態になろうとは想像もできませんでした。

宮城県と福島県に多くの知人を持っている私には、テレビの報道を見るたびに心が痛む毎日です。
街ごと消失してしまった港の南三陸町は、母親が住んでいたすぐ近くの町で、温泉にもよく通っていた場所でした。
街も全て消えてしまい、多くの被災者に知人が含まれていることは事実であることを実感しています。

あの日見た景色や、記憶の中にある人の顔も、どう自分で整理することができるのであろうか。

今はただ心からご冥福をお祈り申し上げます。

管理者のブログ

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